僕がストレッチマジシャンになるまで|後藤(和嶋)俊光プロフィール

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ストレッチマジシャン後藤俊光の画像

元プロボクサー全日本7位(フェザー級)。最大手のストレッチ専門店「Dr.ストレッチ」に入社し、わずか1年で全国に1000人いるトレーナーの中から指名件数1位を獲得。その後、日本全国で15人しかいない最上位クラスのストレッチ専門トレーナーに。

その後に独立、体の不調に悩む12000人を超えるお客さんをケアし、劇的な改善に多くの方から感動の声を頂くようになりました。

今ではWBOインターコンチネンタルライト級王者の中谷正義さんや大相撲力士の隆の勝さんといったプロアスリートの方々、幻冬舎の箕輪厚介さん、有名経営者の方々のトレーナーとして活動しています。

こう書くと実績ばかりが目立ってしまいますが、今の僕になるまでには数え切れない挫折や紆余曲折がありました。これは僕、和嶋俊光が「ストレッチマジシャン」になるまでの物語です。

全てをボクシングに捧げた20代

僕は1982年12月16日、長野県の佐久市で生まれました。家庭はすごく貧しく、小学生のころから新聞配達のアルバイトをして稼いだお金を毎月家庭に入れていたほどです。

家庭の貧しさ、両親の不仲・・幼いころから自分の「弱さ」を思い知る日々を送っていたからでしょうか。僕には、昔から一つの”願い”がありました。

ー 強くなりたい。勇気が欲しい

ほんの少しでも強さ・勇気があれば、家庭を変えられたんじゃないか?

そんな葛藤を繰り返し、弱い自分を変えようともがいていました。そんな僕にとって、輝くスポットライトを浴びて戦うプロボクサーは「強さの象徴」だったのです。

そんな思いからボクシングを始めたのが17歳。高校2年生でした。

もともと一度決めたら一直線に目標へ突き進むタチ。一刻も早くプロになりたかった僕は、プロボクシングのライセンスが17歳で受けられることを知ると高校中退を決意します。

そのことを担任の先生に伝えると「高校を卒業してからでもボクシングはできる。高校ぐらい卒業しておけ。」と引き留め、地元から通えるジムを探してくれました。

その時に通い始めたジムが、僕のボクシング人生の原点です。

そこに通ううちに僕はボクシングに熱中し、気がつくと今までのどのスポーツより本気になっていました。このジムには、今でも父親のように慕う恩師がいます。

自分が本気になったボクシングで結果を出したい。インターハイに行きたい。

そう思って練習に打ち込むも・・・結果は、県大会決勝で惜敗。インターハイには出場できず、高校生活は悔しさの中で幕を閉じました。

プロを目指して上京したが・・・

高校卒業と共に、本格的にプロを目指すことに。僕は上京して、当時のボクシング最大手「ヨネクラ」のボクシングメイツというジムに入りました。

しかし練習が始まってすぐ、ボクシングの世界は甘くないことを思い知らされます。

ジムは天才のような練習生であふれ、9か月通っても名前すら覚えてもらえない。輝かしい世界を想像していた僕は、過酷な現実とのギャップに苦しみました。

それから埼玉県の新しくできたジムに移ったものの、今度は中途半端に経験があるせいで他の練習生から煙たがられてしまいます。

「あんなに楽しかったボクシングが、熱が冷めるようにつまらなくなっていく・・」

悩みに悩んで恩師や先輩に相談したところ勧められたのが、現在も通う「金子ジム」。

そこに移ってからも毎日のようにプロに叩きのめされましたが「こんなんじゃプロになれねー!」と自分を奮い立たせて練習を続けました。

どれだけ苦しくても、これまで僕をサポートしてくれた人たちの顔を思い浮かべると、諦めるわけにはいかないという思いが湧き上がってきます。

ふと振り返ると、苦しいときに支えてくれたのはいつも友達や先生、先輩方だったことに気づきました。厳しい家庭環境で育った僕ですが、周囲の人にはこれ以上ないくらい恵まれていたんです。

「いつも僕のことを本気で考えて応援してくれる人たちに、今度は僕が恩返しをしたい。今度は、僕が周りの人を支えられるくらい強くなりたい!」

そして来る日も重ねた厳しい練習の末、ようやく努力が実を結びました。20歳でプロテストに合格し、プロデビューを果たしたのです!

高校生のころから夢見ていた、プロボクサーとしての生活が幕を開けようとしていました。

日本で7番目に強い男

プロボクサーといえば、強さの象徴のようなイメージが強いでしょう。

しかしプロになっても恐怖が消えることはなく、試合の日程が決まっただけで押しつぶされそうな気持ちになるほどでした。

しかし試合で向き合う相手もまた、怯えているように見えたのです。

そこで気づきました。「プロボクサーであっても、怖いものは怖いのだ」と。恐怖に打ち克つのは「強くあろうとする姿勢そのもの」なのだと。恐怖と向き合い続け、僕はボクサーとして少しずつ成長していきました。

そんな時、当時付き合っていた彼女との結婚を決意した出来事がありました。そこで僕は、日本ランカーになったら彼女の両親に結婚の許可をもらいに行くことを誓います。

すると少し経って、当時の日本6位ランカーと対戦が決定。

この試合で勝てば、僕は日本ランカーになれる。

責任感とプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、毎日命をかけて練習しました。思うようにいかず、この程度じゃ勝てないと涙を流すこともありました。

試合が近づくにつれて膨らむ恐怖。それでも「今回だけは絶対に勝ちたい!ここで勝つことが自分の使命なんだ!」と、自分を鼓舞しながらトレーニングを続けました。

そして臨んだフェザー級8回戦の当日。下馬評は「99対1」と圧倒的不利。

誰の目にも、僕が勝つ未来は映っていないようでした。

しかし開始のゴングが鳴ると・・

僕は1ラウンドで相手のランカーを失神させ、会心のTKO勝利!

金星を挙げ、ついに念願の全日本7位ランカーになったのです!

「寝ているだけで強くなれる!」ストレッチに感動

さあ、これで箔が付いた。僕は彼女のご両親に結婚の許しをもらいに行くことにしました。

きっと認めてもらえるはずだと、それなりに自信がありました。だって僕は、日本で一桁番目に強い男になったのだから。

「ボクシングで食べていけるのか?」

「いいえ、だからアルバイトをしています。」

「やめた後はどうするんだ?」

「ボクシングに命かけているので、やめた後のことは考えていません。」

「じゃあ、結婚は無理だ。」


・・・相当なショックを受けました。日本ランカーになったのに、一蹴されてしまうなんて。これがきっかけで、僕は初めて「ボクシングをやめた後」のことを考えるようになります。

30歳で迎えた社会人1年目

仕事をするなら、どんな職種が良いだろう。スポーツを続けてきたから、身体には興味がある。それに、どうせならボクサーとしてもメリットがありそうな仕事が良いな。

そんな風に考えていた時、たまたま見ていた総合格闘技で有名選手のトランクスに「Dr.ストレッチ」の文字を見かけます。

「格闘家のスポンサーになっているのだから、この企業はボクサーにも寛容だろう。」

そう思って、まずはお店でストレッチを受けてみることに。この頃の僕にとって、ストレッチとは「ケガ予防」くらいのイメージでした。

その時に受けたストレッチの感動は、今でも忘れられません。

人に伸ばしてもらうのは初めてでしたが、想像以上に痛い!それと同時に、受けているだけでみるみる身体が変わっていくのが実感できました。

アスリートは「1ミリでも先へ」「0.1秒でも早く」と、昨日よりほんの少し改善するためだけに死に物狂いの努力をしています。なのに、ストレッチをたった1回受けただけで何センチも可動域が変わったのは衝撃でした。

前屈の数値は10cm近く伸び、その後に行ったジムでは腰の切れる感覚と拳の走るスピードが見違えるように向上。自分のパンチの速度が急激に上がったせいで、タイミングが合わなかったほどです。

これは本当にすごい。寝ているだけで強くなれる!

ずっと自分の身体と向き合ってきた僕はストレッチの凄さを実感し、アルバイトとしてDr.ストレッチへ入社。そこから、ボクシングとストレッチトレーナーの二足のわらじ生活が始まったのです。

そしてストレッチマジシャンに

そして約1年後の31歳にプロを引退後、Dr.ストレッチで正社員として働くことになります。僕はこれまでボクシングに注いでいた情熱を、全てストレッチに傾け始めました。するとみるみる成果が出始めます。すぐに店長を任され、店舗運営に悪戦苦闘したり上司とのトラブルを経験しつつも成果を上げ、ストレッチ技術も日に日に上達していきました。

すると入社1年で、全国1000人いるトレーナーの中で指名件数ナンバー1に!さらにその後、日本全国で6名しか選ばれない【グランドトレーナー】というストレッチ専門トレーナーとしては最上位クラスの称号をいただくことができたのです!

Dr.ストレッチに7年間勤めて、ストレッチ専門トレーナーとして大きなゴールを達成した僕。本当に良い会社に巡り合えて、このまま骨を埋めるつもりでした。同僚や周りの人にも、絶対にやめないと公言すらしていた。

でも、ある日。

僕は突然、会社を辞めること決意します。

『独りで働く、という人生経験を積んでみたい』

フリーランスって大変かな?時間とかお金とか、どんな世界観が待っているんだろう?どんな風に考え方が変化するんだろう?そんな好奇心に突き動かされていたんだと、振り返ってみて思います。

こうして僕は「ストレッチマジシャン」となったのです。

「思い通りの人生を送りたければ健康であれ」

多くのアスリートや格闘家にストレッチを施している

最後に、ストレッチ専門トレーナーとして大切にしている想いを伝えたいと思います。

僕はストレッチの価値や正しい知識を多くの方に知ってもらい、例えば「歯を磨く」くらい、生活に溶け込んだ文化になってほしいのです。

「人生100年時代」と言われるように私たちの人生は長くなっており、年を取ってからも自由に行動するには健康で良く動く体が必要不可欠。なのに、自分の身体をケアする必要性や知識は十分に広まっているとはいえません。

実際、40~50代が腰・肩の痛みなどで手術する場合が増えているそうです。

デスクワーク環境では多少身体が痛くても働けてしまう上、腰痛や肩こりで病院に行って検査しても、多くの場合は原因不明で病名すらつきません。どうしていいかわからず放置したら症状が悪化し、最後には「手術が必要です」と言われてしまう。

しかし実は、こういった診断がつかない不調の多くはストレッチによる対症療法で改善できるのです!ストレッチの価値に気づく人を増やして、体の不調に悩む人を減らしたい。長い人生を自由に生きられる人を増やしたい。

だから、

ー 思い通りの人生を送りたければ健康であれ!

これが僕のストレッチ専門トレーナーとしてのモットーです。

肩・腰が痛い、腕が上がらないなどの悩みがあれば、一度ご連絡ください。骨格や筋肉の知識・1万人以上の身体を診てきた経験からあなたに最適なストレッチをおこない、思い描く人生を送るお手伝いができます。

施術後にはきっと、僕が初めてDr.ストレッチを受けた時のような「感動」を覚えていただけるはずです。